ヒヨちゃんは生きていない:マームとジプシー藤田貴大 演出の『ロミオとジュリエット』 東京芸術劇場|レビュー

2016年12月21日水曜日

レビュー

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マームとジプシー藤田貴大 演出の『ロミオとジュリエット』を見てきた。レビューと気がついたこと。

池袋の東京芸術劇場の中のプレイハウスという、教会のような音響構造を持った高さのあるホールである。この場所がすごい。教会のような長いホールリバーブがかかる。中世の教会ならば、こういう場所で説教や教会音楽をやって、信者を天上にいるような気分にさせてマインドコントロールをしたのであろう。

観た感想は、まず一流のプロダクションだと思った。このプロダクションというのは、事務所という意味ではなく制作物という意味である。非常に良かった。現在の一流の才能とスタッフが集まって作られている。演劇界の最前線の基準というのは、このへんなのだな。

表現の最高峰は映画だと思っていた。漫画を描いていると音がないと不満になり、小説では絵も音も出ないと不満になる。なのでいちばん表現できるのは映画だと思っていたが、演劇も遜色はない、とわかった。音も視覚もある。時間と空間を自由に移動していた。

ふたつの場面では涙が出て止まらなくなった。後記するヒヨちゃんのシーケンスと舞踏シーンである。ヒヨちゃんの部分は別だが、人間のドラマよりも人間の動き、踊り、光と音響に感動する。動きと踊りの演出がいい。

また、完璧にしないで異物感を入れるようにしていることに気がついた。きれいにまとめてしまわないというのが、現代的な感覚なのであろう。たぶん、意図して完全を壊しているのではないか。これがふたつあった。

1。右手にジャズ用の小さめのドラムセットが置いてあって、山本達久というおっさんがいるのだが、たぶん音楽の人が連れてきたではないかと思うが、あきらかに雰囲気が演劇畑の人ではない。途中でトイレに行っていたぞ、この人。

最後に障害者のドラマーであることがわかるのだが、本筋ではない脇の流れだが、ずいぶん目立っていた。 カーテンコールでは、一番の視線を集めていたように思う。

しかし、片足が使えないドラマーというのは、普段どう叩いているのか。ドラムでは足でペダルを踏んでバスドラムとハイハットを鳴らすのだが、片足しか使えないとなると、たぶんバスドラムを鳴らして、ハイハットは手で叩いているのだろう。デフレパードのドラムも片腕だし、頭を使えばできないことはないのだな。

2。それとヒヨちゃんという人物が説明なく出てくる。最初はセリフもなく、召使の中にまぎれこんで、うろうろしているだけなのだが、召使にしては衣装が少し違うのだ。やがて気がついた観客はこの人はなんだろうと、いぶしかりはじめる。後半、観客はヒヨちゃんはたぶん生きていないと思うようになる。

具体的にセリフで説明はされていなかったが、エピソードと演出から、そうではないか、と観客が思うように計算されている。シェイクスピアに関係ない人が紛れ込んでいるのである。

このキャラクターが毎回、藤田貴大さんの脚本には出てくる、という趣向ならば実に面白いなと思った。知らないけど。死んだ人間が供養か強迫観念かなんかとして、舞台と脚本の中でずっと生きつけているのである。

最後にロミオとジュリエットが眠ってる墓地のシーンが出てくる。これは舞台の一番奥のカーテンが開くと出てくる仕掛けだ。後ろはそのまま劇場のコンクリートの壁だ。この先はないところまで使っている。

その墓地が、がれきでできてる。セリフでも一瞬ふれられるが、これは東北大震災のがれきでもあり、墓地でもあるのである。

それで、すごいのがここからで、今まで召使の中に紛れ込んで一緒に行動したり踊ったりしていたヒヨちゃんだが、他の召使は舞台左右にわかれて座ってたのに、このシーンだけは召使いたちとは別行動を取り、ガレキのところに座るのである。死者の領域だな。この演出に気づいたときはぞっとした。

このシーンの演出で、この人は生きてはいないのだな、と観客に初めてはっきりわかるようになっている。東北大震災で死んだのかもしれないが、とくに説明はされていないので、いずれにしても死者の側の人間ということで、そっち側に座ったのだ。

この場面とその30分くらい前の、ヒヨちゃんは実は生きていないのではないか、と観客が気付き始めるあたりは、なかなかぞっとする。

それで、すごいことに、これは脇の筋なのである。だから台詞やアクションによって具体的な説明は、なにもなされていないのである。なのにいちばん心に残るシーンだ。舞台の真ん中ではシェイクスピアが進行しているので、気づかなかった人も多いと思う。

 すばらしい舞台で感動し涙まで流してはいるのだが、表現は美しくきらびやかで現代の一流の感性で彩られて文句のつけようのないほど成功しているのだが、ただその中心に芯のようなものがないように感じた。どういうわけか感動すればするほど、芯のない感じがしてくる。

こう感じるのは、どういうことだろうかと考えたが、演出の藤田貴大さんは『ロミオとジュリエット』の人間と物語自体には、実はあまり興味がないのではないだろうか。たぶん、関心があるのは、シェイクスピアの生誕400年たっても演じられているという『ロミオとジュリエット』という脚本の存在そのものなのではないだろうか。

『ロミオとジュリエット』のドラマは普遍的なものがあるから、今でも生き残っているのだが、ただ、普遍的ではあるが、現代の人間がシリアスな現実として感じられるような、急いでいますぐどうにかしなくては、というようなドラマとしての吸引力は、あまりないように思う。

その部分を無意識に藤田貴大さん、または俺が感じてしまって、中心に芯がなくなってしまったのではないだろうか。藤田貴大さんが感じていたというのは推測で、俺が感じていたのは事実で、両者とも感じていたのかもしれないし、片方だけかもしれない。でも、俺の受けた芯のない感じの原因は、これだな。

それで、ここからがかんじんだが、その完璧に近い完成度ながらも芯のないような変な感じのつきまとう舞台の中で、いちばん、ドラマとしての現代的な吸引力があったのが、ヒヨちゃんだったのである。

ヒヨちゃんだけがリアルだった。

ちなみにヒヨちゃんは西原ひよという人で、役名と本人が同じ名前である。どういう趣向だったのか。役ではなく本人が出ているということか。

さらに推測すると、ドラマとしては現代的な吸引力のあまりないシェイクスピアを、現代につなげる仕掛けとして、ヒヨちゃんと東北大震災を出してきたのではないか。そういう意図の演出を藤田貴大さんはしたのだろう。こっちは当たってると思う。

さらにもう一点。ロミオとジュリエットは死んでしまったが、400年前の話なので、実のところ、ロミオとジュリエットだけじゃなく、登場人物はすでに全員死んでしまっているのである。彼らが「今は未来」とかなんとか言うセリフがあったが、彼らは未来の今の中で生きているというか、未来で死んでいるというか、そんなとこである。

その中で舞踏会で踊っている生者のなかで一人死んでいたヒヨちゃんだったが、こうなると意味が違ってきて、『全員がすでに死んでいる人物が踊っている』という視点でこの舞台を見ると、この中でいちばん現代に近くて若い死人はヒヨちゃんなのである。いわばいちばん生きている死人である。だから、リアルだったのは当然とも言える。

目に見えている生者(シェイクスピアの登場人物)と死者(ヒヨちゃん)という関係が、その奥底を覗いていると、死者(シェイクスピアの登場人物)と生者(に近い死者だが、ヒヨちゃん)という関係にひっくり返るのだな。こういう箱の中に箱があるような構造になっている。


ロミオとジュリエット   東京芸術劇場
https://www.geigeki.jp/performance/theater134/
藤田貴大は2014年のプレイハウス公演「小指の思い出」をきっかけにさらに注目を浴び、2015年「cocoon」「書を捨てよ町へ出よう」で次世代の演劇界を牽引する若手演出家という肩書を不動のものにしました。そしてシェイクスピア没後400年の今年、初の古典作品に挑戦。誰もが知っている「ロミオとジュリエット」を大胆にもロミオを女性に置き換え上演します。ロミオを演じるのは、独特な少女性と圧倒的な存在感で異彩を放つ、青柳いづみ。対してジュリエットはオーディションで選出され、今回が初舞台となる豊田エリーが務めます。ロミオとジュリエットが死に至るまでの5日間を、少女達の衝動的な時間として、藤田貴大独自の手つきで描き出します。そして、1980年代を代表する伝説的なサブカルチャー雑誌「Olive」を支えてきた有名スタイリスト・大森伃佑子がその世界観を舞台衣装で彩ります。

日程
    2016年12月10日 (土) ~2016年12月21日 (水)
会場
    プレイハウス
作・演出
    作:ウィリアム・シェイクスピア 翻訳:松岡和子 
    上演台本・演出:藤田貴大
出演
    青柳いづみ
    あゆ子
    石川路子
    内堀律子
    花衣
    川崎ゆり子
    菊池明明
    小泉まき
    後藤愛佳
    西原ひよ
    寺田みなみ
    豊田エリー
    中神円
    中村夏子
    中村未来
    丹羽咲絵
    吉田聡子

    石井亮介
    尾野島慎太朗
    中島広隆
    波佐谷聡
    船津健太

    山本達久


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