ダン・ブラウンの『ロスト・シンボル』である。ダン・ブラウンなので、そつなく面白いのだが、一連の作品の中では、いちばん地味だ。できが悪いと言っても良い。
ダン・ブラウンは、考古学的な謎を求めて世界中を移動するという展開が多いのだが、今回はワシントンDCの中だけをグルグル回っている。距離的な移動は少ないのだが、そのかわり、時間軸の中を知識的に移動して、深みとダイナックさを出そうという意図だったと思うが、これがあまりうまく行っていない。なので、なかなか、地味な作品になっている。
また、知識的な奥行きという点でも、実のところ、そんな深みのある話が語られてるわけではない。クライマックスのすごい思想にたどり着くというシーンでも、精神と物質世界のつながりが語られているのだが、これはようするに『水に愛情を持って語りかけてから凍らせるときれいな結晶ができる』というレベルの話でしかない。
長い話の終わりなので、ダン・ブラウンはここで感動的なことを語っているつもりなのだが、むしろ、トンデモ本によく出てくるような底の浅い思想である。マイケル・クライトンなら、現実と妄想の区別をきっぱりと付けてから、それを乗り越える衝撃を展開させるところなのだが、ダン・ブラウンは、そういう科学者的な明晰さは、もっていないのだな。
ま、この世には量子物理学というのがあって、認識と物質世界の関係を研究しているようで、そのへんに関連していると言えないこともないが、うまくこなれていないと思う。
途中で主人公が死ぬ場面があって、これは死後の世界と現実のつながりを物理的に明かしていく、という展開になるのか。それは壮大すぎるテーマだが、こなせるのか。と思ったが、そうはならないで、単に実は死んでいなかったのだ、というだけだった。
むしろ、こっちの方のテーマで進めた方が、すごい話になっていたと思うな。
また『世界が転覆するような秘密』を巡って悪人と主人公が駆け巡るというのが、この小説のメインプロットなのだが、この秘密がどんなすごいものかと思ったら、これまた肩透かしで、単に『フリーメーソンの秘密儀式に政府高官が参加していた』というだけだった。
その動画が出てくるのだが、この秘密儀式が昔ながらの、おどろおどろしい、骸骨が出てきたり血を飲むとかいうもので『この動画を公開したら国民の印象が悪くなって政権がひっくり返る』という程度のネタなのだ。
えっ、それだけですか、と言いたくなるだろう。そもそも、それではアメリカ政府が転覆するだけで世界が転覆するわけではないだろう。もちろん、現実では政権がひっくり返るというのは、大事件なのだが、もっとすごいものが出てくるように思わせていて、これだったので、がっかりである。
この 『世界が転覆するような秘密』こそが、『生と死の境目をどうにかする物理的な発見』だったら、さすがに驚いただろうな、と思うのだが。ただ、SFやホラーではないので、この発見を、『バカ話にしないで大人の読者が納得できるように書く』というのは、至難の技でむずかしいと思う。
しかし、このレベルの驚きを最後に提供していないと、このプロットでは成功したとは言えないと思うよ。
構造的には、この二点が問題なのだが、初めに書いたように、例によって、ダン・ブラウンなので、そつなく面白い小説ではある。
内容紹介
世界最大の秘密結社、フリーメイソン。その最高位である歴史学者のピーター・ソロモンに代理で基調講演を頼まれたラングドンは、ワシントンDCへと向かう。しかし会場であるはずの連邦議会議事堂の“ロタンダ”でラングドンを待ち受けていたのは、ピーターの切断された右手首だった!そこには第一の暗号が。ピーターからあるものを託されたラングドンは、CIA保安局局長から、国家の安全保障に関わる暗号解読を依頼されるが。
著者について
米国ニューハンプシャー出身。2003年に発表した第4作の小説『ダ・ヴィンチ・コード』が世界的な大ベストセラーに。父は数学者、母は宗教音楽家。妻は美術史研究者で画家。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ブラウン,ダン
1964~。米ニューハンプシャー生まれ。アマースト大学を卒業後、英語教師から作家へ転身。1998年『パズル・パレス』でデビュー。2003年、4作目となる『ダ・ヴィンチ・コード』を刊行、1週目からベストセラーランキング1位を獲得し、各国でも次々に翻訳出版され、社会現象といえるほどの驚異的な売れ行きとなる(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
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